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大阪高等裁判所 昭和33年(う)1190号 判決

被告人 鎌田孝一

主文

本件控訴を棄却する。

理由

所論は、要するに、原判決が被告人においてAを小川藤兵衛の妾として周旋した行為を性交の相手方が特定しないという理由で売春の周旋と認め、これを売春防止法第六条第一項に問擬したのは事実の誤認若しくは理由不備の違法あるを免れず且法令の解釈を誤つたものであり、かりにそうでないとしても被告人は行政法規である同法の解釈を誤り本件行為が同法に違反しないと確信していたものであり、右のような行政法規の錯誤は犯意を阻却し罪とならないものであるにかかわらず、原判決が被告人を処罰したのは違法であるというのである。

売春防止法第二条には、「同法にいう売春とは、対償を受け、又は受ける約束で、不特定の相手方と性交することをいう。」と規定されているのであるが、ここにいう「不特定」とは、不特定の男子のうちから任意の相手方を選定し、性交の対償に主眼をおいて、相手方の特定性を重視しないということを意味するものと解すべきであるから、一口に妾又は二号の周旋といつても、その周旋する男女間の関係が右にいう不特定性を帯びるときは、同法第六条第一項の売春の周旋と認められることもやむをえないものといわなければならない。(最高裁昭和二九年(あ)第三四九七号、同三二年九月二七日第二小法廷判決参照)

ところで、原判決挙示の証拠を総合すると、本件のAは看護婦という定職がありながら、別途に収入を図ろうという強い欲望にかられ、アルバイトをするような考えで、だれか生活援助をしてくれるいわゆる「旦那」の斡旋を被告人に依頼したものであり、同女としては、もとより相手の男と愛情をもつて長く結ばれようという考えは更になく、特に悪い印象さえなければ相手を選ばないというような気持を持つていたものであつて、本件の小川藤兵衛を紹介される一週間程前にも被告人の斡旋で宮本という男といわゆる妾関係を結び、手当をもらつてこれと一、二回肉体関係を交えたが、間もなく男の方から関係解消の申出があつたので、更に前と同趣旨で別の旦那の周旋方を被告人に依頼し、被告人から本件の小川藤兵衛を紹介されたのであるが、その際にも同人の家族関係、職業、住所さえも聞かず、簡単ないわゆる見合をしただけで妾関係を結ぶことを承諾し、被告人を通じて相手方から手当金をもらいうけると唯々として直ぐに小川とともに街のホテルに行つて肉体関係を結ぶという行動に出ているのであり、又相手の小川藤兵衛もAの身元などを詳しく調査した形跡がなく、又自己の身元なども同女に告げないばかりでなく、ことさら偽名を用い、やはり簡単な見合だけで妾関係を結ぶことを承諾しているのであつて、これらの態度に徴すると、同人においても当初は真面目な妾関係を結ぶ意図があつたことを疑わせるに十分であり、次に被告人についてみても、前記のように、Aから旦那の斡旋を依頼され、先ず宮本某を紹介斡旋したが、その男が間もなく電話一本で断つてきたので、直ぐに本件の小川藤兵衛を同女に周旋し、その周旋の方法も初対面同志の双方を電話で自宅に呼び寄せ、簡単な見合をさせただけで、その場で双方の意向を聞き双方に異存がなければいわゆる妾関係ができたものとして、男の方から一ヶ月分の手当金を出金させ、そのうちの三割に相当する金を手数料として自己に取得し、残金を女に与え、後は男女の性的自由行動に委せるという実に簡単で手軽な方法により男女の結合を斡旋したことが明らかであつて、以上の事実から考察すると、Aとしては、専ら生活援助という金銭的対償を目当てにして不特定の男子の中から旦那となるべき男子の周旋を被告人に依頼し、被告人もその趣旨を了承して、同様の趣旨で女の斡旋を申込んだ男の中から本件の小川藤兵衛を選び手数料をとつて右男女を結合させたとみるのが相当であり、しかも右男女の結びつきの関係は、右関係が相当期間継続することが予定されていることは否めないとはいえ、金銭と性交との対償関係が極めて露骨であり、右関係の結合や解消の方法が実に簡単、手軽であり、性交の場所として街のホテルを利用するという点などにおいて通常の売春にすこぶる似かよつているのであつて、従つて本件男女関係は妾、二号或いは援助交際など名称のいかんにかかわらず、「不特定性」のものであることは否定できないものといわなければならない。しかして、たまたまこの結合の結果、特定の男とその関係が相当長期にわたつて継続したとしても、それは事後のことであつて、被告人が周旋した当時における相手方の不特定性は、これによつて影響を受けるものではないと解すべきである。

そうだとすると、かりに、所論のように、被告人が売春防止法の解釈を誤り、本件行為が適法であると確信していたとしても、行政犯においても犯意の成立には違法の認識を必要としないという立場をとる以上、右のような錯誤は犯意を阻却するものといえず、従つて原判決が被告人の本件行為を売春防止法第六条第一項の売春の周旋に該当するものとして、同条項により被告人を処断したのは正当であつて、原判決には所論のようなかしは毫も存在しないから、論旨は採用しがたい。

よつて、刑事訴訟法第三九六条を適用して、主文のとおり判決をする。

(裁判官 吉田正雄 竹中義郎 井上清一郎)

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